Vol.10 坂本管理者

私は現在高校3年生です。
私が被害にあったのは小学校低学年の時です(はっきりと何年とは覚えていません)
加害者は4歳上の実の兄です。


中学生になって、なんとなく性の知識もついてきて、私がされていたことが何だったのか。
理解してしまいました。


それからは毎日が辛く。
今まで忘れていたのに。
その時の記憶が映像がたびたび蘇って、泣いてすごしました。


数年悩み続け、やっと去年の冬に今まで悩んできたこと。
辛かったこと。苦しくて死にたいこの思いを兄に話しました。
私は悩んでる間ずっと「兄を殺したい。違う殺したくはない。
私の与り知らぬ所で凶悪な犯罪者に無残に殺されて欲しい。
私が死ねば楽になる。
死にたくない怖い。
私の苦しみを知ってほしい。
いや、優しい兄のことだからきっと私が言ったら罪悪感で自殺してしまうかもしれないきっとそうだ。
そしたら、私が殺したみたいじゃないか。
死ね。
ひょっとしたら兄も今同じことで悩んでくれているかもしれない、私が言わなくても土下座しに来てくれるかもしれない」
様々な感情が時に矛盾して湧き上がってきました。


兄は隣の県の大学に行ったので話したのはLINEや電話でです。
最初は直接切り出せず「お前は私にあやまらないかんことがある。なんのことか考えとけ」と言いました。
しかし、兄は考えませんでした。
その時の感情にまかせ、本題を切り出せないまま攻め立てると、キレ気味の兄から電話がかかってきました。
「お前なんば言いたかとか?なんか、金か?」

私が涙ながらに話した後、兄の第一声は「え、俺そやんかことしたっけ?」でした。
絶望しました。
兄は性犯罪を犯したことを悩んでいないどころかきれいさっぱり忘れていました。
長い間沈黙があった後「少し思い出してきた」と言ってまた無言になりました。

そしてLINEで画像が送られて来ました。
兄がライターで自分の指を焼いた画像です。
それを見たとたんまた「兄が死ぬのではないか、性犯罪を綺麗さっぱり忘れていた兄だけれど、思い出したのなら、きっとやさしい兄だから今度こそ自殺してしまう」という考えが収まらなくなり、つい「許す」と言ってしまいました。


それから兄は何もしてきませんでした。
てっきり明日あたり学校もバイトも休んで土下座しに来ると思っていたのに何もありませんでした。
許すと言ってしまった手前私から何かしたら私の行動はただのわがままみたいじゃないか、じゃあ私はずっと苦しいまま兄は幸せに平然と生き続けるのか。
何故兄はもう全て終わったことのような感じになっているのか。


その時から、夜しか出なかった涙が朝、授業中、休み時間と出てくるようになりました。
もう受験生なのに、授業はまったく聞けないし、集中できないし、もしかしたら兄みたいに浪人することになるかもしれない。


兄のせいでどんどん私の人生が狂ってきた。
私の時間を返せよ、私の人生を返せよ許されると思うなと、気持ちが高ぶり、私は許すといったことを撤回しました。
私が辛かったこと苦しかったことをLINEで送ると兄からの返事は俺の方が辛いというような内容でした。

もう自分だけでは受験が本格的に始まる前にどうにかすることは出来ないと思い、父にこのことをLINEでの今までの会話も見せて話せと兄に言いました。
私のことが大好きな父ならきっと兄と縁を切るなり殴るなり、私がだいじょうぶになるまで頑張ってくれる。そう思ってました。
兄には何日も何ヶ月も時間をあげたのに。
常々つらいと言っていたバイトを、休むのではなく辞めて帰ってきました。
なんだか私のことはバイトを辞める理由に使われた気になりました。

その日の夜父だけがしゃべり続ける食卓で兄は無言で食べ終わり、私も食べ終わりました。
片づけをせず、いつきりだすかとケータイをいじりながら待ちましたが、結局私が寝た後に話したようで、LINEは父は「ちょっとみた」と言っていたくらいしか見せず。
私にすると言っていた謝罪もせず。

結局最初からずっと、何のことかも言われるまで分からず忘れていて、謝るだけじゃ許さないと言えばどうせ無駄と謝らず、謝れと言われて謝り、来いと言われて来て。
言えと言われて言い。
兄は自分が悪いと思っているような態度は見せませんでした。

あげく話を聞いた父は「起こってしまったことはしょうがないから忘れた方がお互いのためになる。お兄ちゃんにはお前が許すまで生活費は送らんことにした」と言われました。
後日兄との電話を盗み聞きしたら生活費はしっかり送っているようでした。

兄も父も私のこの感情は一時的なもので、時間が解決してくれるもので、小さい子供の癇癪のようなものだと思っています。
ただ父に知られたことでリビングなどでもところかまわず泣いてしまうようになりました。
父の反応はただ涙を流してるだけなら無視で、大声をあげて泣いたらどやんしたとか?と聞いて近くに座ったまま、何も私が救われる言葉はかけてくれず。貴重な時間だけがすぎていきました。

母には何も話していません。小さい頃から兄をひいきしてきて「お兄ちゃんはかっこいいね、でも女の子にも間違えられるくらいスタイルはいいし」と言い続けて育ててたくせに、兄が散々事故やなにやらで顔を傷つけまくって正直小さい頃期待されてたような容姿にはなっていないのを、「お兄ちゃんは心が醜いからきっと顔も醜いんだね」と小さくつぶやいたのを聞いたことも、私の友達の家の事情を深く理解することなく私の友達が私に母の陰口の手紙を書いていると思い込んで私の友達を苦しめたり(本当は不登校になってて家が貧乏なのにお母さんが高い健康食品を買うのを辞めてくれないとこぼしていたのを私がお母さんがはまってるマルチ商法の健康食品だと気づいてお母さんにそのこのお母さんに勧めるのやめてと言っただけ)、とにかく信用できないから。

自分は「兄に生きてて欲しくないけど死んで欲しくない、ならもう兄が生まれてこないことしか私が救われることはないのでは」というどうしようもない状態になりました。
私の日々の救いは学校で受験で忙しい友達と少しすれ違いざまにハグしたりすることだけです。
その時だけは全部忘れて幸せになれます。
私は多分意識して忘れてしまえばなかったことのように、授業中に泣く事もなく過ごせるんです。
友達もきっと助けてくれますし、カウンセラーに助けを求めることも出来ます。
でも、そしたら、なかったことにしてしまったら私の身に起こったことは無駄です。だれの役にも立ってません。

ネットを開けば流れる性犯罪のニュースにそれにたいする酷い物言い。
多くの人が苦しんでると思います。

私が兄を警察に突き出して、少しでも世間に良い風潮を与えれることをしないのは、本当にごめんなさい。
兄が捕まると困るのは私の親なんです。
兄は最近明らかに死ぬ気のない自殺未遂を報告してくるようになったので、性犯罪について書かれているサイトのURLを送り「性犯罪に対する処罰を重くしろ、被害者を救う署名活動に参加しろ、インターネット上にある児童ポルノかたっぱしから通報しろ」と言ったらやっと少し反省したようで「謝罪=死だと頭の中で変換されていた。とても自分本位な考えで自分のことしか考えてないと気づいた」と返ってきました。
実際に行動したかどうかは分かりませんが。

本当は死ぬくらいして欲しいけど死んだって私は救われません。
だから私は多少兄に優しくしても性犯罪をなくすために頑張ります。
私がこの年になるまで言い出せなかったのは兄が死ぬかもという気持ちだけではなく、当時は何をされてるかわからないなりに痛みと不快感は何となくあるもののいつも自分を母と一緒に貶し、遊ぶのについて行こうとしたら即座について来んなと言われていた兄と秘密の共有という友達のようなことをされたのがうれしくもあったからです。でも、色んな方の被害の話をネットで見て。いろんな人があなたは悪くないと言ってくれてて、自殺方法を検索することはなくなりました。

私は中学生の時性犯罪の事件についてインターネットで調べていた時、そのネットに上がっている事件の悲惨さに、自分はこの子達ほど酷い目にあった訳ではないから、被害者のように振舞ってはいけないのではないか、という気持ちが起こりました。
でも、70のおばあちゃんが昔現場を見てしまっただけで今もPTSDで苦しんでいるという文を見て、被害者ぶるとかそういうのじゃなくて、こんな、自分が悪いんだと思い込んで何も出来なくなる事がそれだけで多くの声を上げられない子達を黙らせる事に繋がってしまうという事に気づきました。

私は、私よりももっと苦しんでる子が居ることが何よりもいやです。
スクールカウンセラーになって悲しい女の子を助けたいという気も何度も起きましたが、
私には将来の夢があって、進学校に通っていて、今まで書いた様にあまり性格が良くないので、やっぱりカウンセラーにはなれません。
でも、何か役に立ちたいと思い何か出来ることはとしあわせなみだにお問い合わせをしてみました。

伝えたいことのせてもらえるとのことなので書いてみましたが。
感情ばかりが先にたって読みにくくあまり上手くあらわすことが出来ませんでした。

私は大人になって、きっとお金持ちになって。
たくさんの女の子を助けたいです。
女の子が夜もまちを歩ける未来を信じて、死ぬまで、頑張ります。

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